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2009年3月の記事

2009年3月 8日

金時寄席、無事終了!


今回は河岸を変えて、浅草演芸ホール4階の東洋館。満席のお客様でした。太鼓部屋の前座、朝呂久と時松と三味線のあささん。打ち上げは毎度お馴染みの焼き肉“大福園”。ここの塩カルビ、塩タンはバカウマい!ゲストのWコロンの二人の食べっぷりにビックリ!実力派漫才として、売り出し中の二人、さすがに面白かった。仁木さんと、書鏡院の長谷川先生と、お教室の皆さんも一緒に、暴れ喰いして帰る。ネタの出来は…、まぁ50点かなぁ…。及ばなかったとこは自分が一番わかっている。お客様の『よかったよ!』という言葉に惑わされないよう、謙虚に努力しよう。なんたって、不器用な奴は不器用に人一倍、努力するより生きる道はないから。

2009年3月 6日

私の健康の源。


エクセルヒューマンという会社の“健康いちばん”という電気敷き布団を愛用している。凄くよく寝られるんだよ!冬は温熱にすると温かいし、なかなか寝付けない時も、これ着けると爆睡してしまう。もう手放せないね。

2009年3月 4日

楽屋風景。


大事な御贔屓のひとり、長野さんにこの度、小学館から発売されたDVD“落語の粋”を十本も買ってもらっちゃった!!ありがとうございます。みんな、買ってね〜。夜は浅草演芸ホールへ。私の前はご存知、漫才の最高峰、順子ひろしさんだ。ひろし先生は御歳87才。毎日、大爆笑だ。凄いよねぇ〜!同じネタを何回聞いても面白い漫才なんて、なかなかないでしょ。私が前座の頃から25年聞いてて今でも笑ってしまう。最高だ。いつまでもこの漫才を披露し続けて欲しい。

2009年3月 3日

住吉踊りのお稽古


落語協会の二階にやって来た。かっかれ、早く覚えたいけど、なかなか覚えられないんだよねぇ。小円歌姉さんは本当に一生懸命、教えてくれるので、こっちもやる気になる。五時に終わって、真っ直ぐ浅草へ行くと早過ぎるので、“みつまさ”に行って、蕎麦をご馳走になった。我ながら実に図々しい奴だ。みつまさの鶏南蛮そば。絶品!バカウマ!!感動!!しこたま満足して、錦糸町から浅草まで雨の中歩きながら稽古して行く。浅草に着いた時は雪になっていた。こんなお天気の中、たくさんのお客様、ありがとうございます!ネタは“河豚鍋”でした。

2009年3月 2日

今日は来ました、杉花粉!鼻水ダラダラ、くしゃみ連発、涙ボロボロ!たまらねぇ〜!



2009年3月 1日

今日から浅草演芸ホールの夜席。ハネて帰り道、地下鉄で古今亭の重鎮勢揃い!



『金時は毎日、美味しいもんばかり食べている。』と思っている人がいるらしいが、それは間違いです!


普段はこんなもんです。サイゼリヤのミートソーススパゲティ。¥399でした。

2009年3月11日

さらば、宮古島。


民宿島人の女将が『船の中を見たい!』というので案内する。大はしゃぎ!!階段で『タイタニックみたい!』というから、写真を撮ってあげた。運動靴というのが生活感があっていいね…。ラウンジでケーキと紅茶を飲んで上機嫌で帰って行った。旦那は一生懸命、サトウキビを収穫してるというのに。宮古島、いいよ。時間がゆっくり流れてて…。また来たいです。

宮古島へやって来た6


世話になった民宿島人の掲示板にぬかりなく“落語の粋”のチラシを無断で貼ってきた。爺ィみたいな旦那のひいおじいさんは久松五勇士の一人、与那覇蒲さんなんだって。いい宿でした。奥さんに平良港まで送ってもらう。いよいよ今日は仕事だ。

宮古島へやって来た5


来間島大橋をまたチャリで渡る。橋の真ん中にシーサーが飾ってあった。海0かも白浜も本当に美しい。来間島の展望台はなぜかタコだった。製糖工場があるので、サトウキビを積んだトラックが盛んに走ってた。工場の前はかりんとうの匂いがした。

宮古島へやって来た4


宿のすぐ近くに久松五勇士の記念碑があった。日露戦争中、バルチック艦隊を発見して、『ワレ、バルチック艦隊見ユ』と二百キロ離れた石垣島に一昼夜かけて伝えに行ったのだ。だが、その時はもう情報は入っていたという。帰り道の脱力感は想像に難くない。当時の舟をかたどった記念碑。日本人みんなが必死だったんだろう。

宮古島へやって来た3


チャリを返して、二枚屋という、二千円で飲み放題食べ放題という店に入る。オリオンビールを飲んで、三種類ある泡盛を暴れ飲み!宿に戻って主夫婦とまた飲んだ。奥様は広島から嫁にやって来たそうだ。旦那はふけ顔なんで、てっきりお父さんかと思ってしまった。あはは…。ヘベレケになって撃沈。

宮古島へやって来た2


池間大橋から見た海の色。エメラルドグリーンだ。島の反対側を行くとマングローブ林にあたった。奇妙な木だね。“海ぶどう養殖、長崎シーファーム”という看板をみつけて寄ってみた。社長の長崎さんは、よくよく話を聞いてみると、石垣島に住む友達のジャンボさんと昔、会社の同僚だったとか!本当に世間は狭い。取りたての海ぶどうは美味しかった。

宮古島へやって来た。


途中、サトウキビの収穫中のおばちゃんと話をする。サトウキビは一年半で収穫出来るんだそうだ。これは煙草の葉っぱ。初めてみた。もうすぐするとピンク色の花を付けるそうで、花はすぐ取らないと、葉に厚みが出ないんだって。雪塩の工場を見学。塩ソフトクリームを食べる時松。あまり美味しくなかったそうだ。ここでトラブル、時松のチャリがパンクしやがった。いつまでたってもマヌケな奴だ。貸しチャリ屋が代わりを届けてくれてひと安心。池間大橋を目指した。

宮古島到着


空港に到着。今日の宿は“民宿島人”。着替えを済ませて、島内観光へ。チャリを借りてまず、腹ごしらえ。古謝という店でソーキそばを食べて、ひたすらチャリを漕いで、池間島を目指した。ところどころにデイゴの花が咲いていた。

2009年3月10日

宮古島へ出発!!


6:55の飛行機なので、家を5時に出て来た。早めに空港に着いて、カード会社のラウンジでコーヒーを飲むのがいつもの習慣。同じ頃、時松が空港に到着したのを目撃したが、バッグパッカーみたいな妙な格好だったので、仲間だと思われたら恥ずかしいから無視した。朝はラウンジでクロワッサンが食べられる。一人2個まで、と書いてあったが、美味しかったので4個も食べちゃった。ゴメンね…。行こうとしたらクロワッサンのカスがこんなに散らかってた。ゴメンね…。いよいよ行って来まーす!

2009年3月 9日

浅草演芸ホール終了。


明日から宮古島に行くから、今日が千秋楽。寄席に出られるというのは本当に有り難い。トリの志ん五師匠。人気、実力は申し分なし。今や古今亭の総帥だ。『師匠はどこで写真撮っても、同じ顔しますね。』と玉の輔師匠に言われたそうだ。確かに噺家は『おどけた顔して。』って言われると同じ顔するかもしれない。この芝居はありがとうございました。志ん八君に噺教えてやったら、佃煮もらっちゃった!!俺、佃煮好きなんだよ。

2009年3月 8日

浅草演芸ホール8日目。


私の上がり時間は8時15分。昼の部から入れ替えなしなので、私の前にはこんなにいっぱいネタが出ている。勿論、同じ噺は出来ないから、それ以外のネタをやる。空いてるネタを捜すのも大変なんだよ。

2009年3月18日

人の不幸は蜜の味



WBC日本代表と掛けて、“男はつらいよ”ととく。その心は『腹〔原〕で泣くでしょう。』


策がなさ過ぎだよ。監督が悪い。権藤さんに会った時、言ってた。『スポンサーがつかないから原になったけど、日本はきっと勝てないよ…。』って。

屋並さんにカメラもらっちゃった!カシオの最新型。1200万画素だって!


凄いね、1200万画素って。初めてデジカメ買った時は『200万画素あれば十分だよ。』っていってたけど、とんでもない事になったもんだ、CG画面のように写真の上に写真を載せて、しかも動画に出来るという優れもの。これからダイナミックフォトというサイトに私の作品を投稿します。見てね〜。

2009年3月17日

江戸川法人会で講演会


ライオンズ仲間の高橋さんのお世話で、江戸川北法人会で講演会。高橋さんには死ぬほどお世話になってます。終わって、カラオケスナックで歌って飲んで解散。ライオンズは本当に楽しい。いろんな人に会える。

2009年3月16日

新宿末廣亭の高座を終えて、いつもお世話になっている屋並さんと小口さんに、宮古島土産を持って行く。


“ちんすこう”だから『お土産でございます!』と言って大えばりで持って行かれるもんじゃないけど。いつも本当にありがとうございます!その後、巣鴨へ。都営地下鉄の地蔵通り商店街方面のエスカレーターは超低速。土地柄だね。いつもの“亜希”で仁木さんと飲む。今日はカマスの塩焼きが美味かった。帰ろうと巣鴨駅に向かっていたら、圓太郎師匠に遭遇。東京マラソンに向けてトレーニング中との事。これから皇居を二周して帰ってくるんだって。よくやるよ…。そのあとは、私がこの間までいた、宮古島のトライアスロンに参加するんだってさ。よくやるよ…。

2009年3月15日

新宿末廣亭まで自転車で通ってます。万全の花粉症対策。“オレオレ詐欺”の出し子みたいで怪しい…。



楽屋風景


私に気付かず、どことなく寂しげな後ろ姿で楽屋へ向かうギター漫談のぺぺ桜井さん。まるで道頓堀川から引き上げられたカーネルサンダースのようだった。弟子の丈二師匠と楽しげに話をする円丈師匠。新作落語の巨匠だ。

2009年3月13日

那覇に到着


打ち上げ会場でマジシャンの吉田さんと飲む。ふじ丸はお料理が美味しくて有名だ。乗ってる間、みんな美味しかった。読売旅行さんの船旅は本当に至れり尽くせりで、かゆいところに手が届く。お客様も満足して下さるだろう。後ろ髪を引かれる思いで那覇で下船。この三日間、よく飲んだ。また現実に戻るのが残念。時松は沖縄を見物して夜の飛行機で帰るそうだ。飛行機の時間まで間があったので、国際通りで買い物。大琉球航海記という店で“あぐー豚塩だれ丼”を食べる。バカウマ!美栄橋駅からゆいレールに乗って空港へ。私が乗る、と新聞で見て、ツアーに参加してくれた母校、堀越学園の堀越理事長夫妻は私と同じ飛行機で東京にお帰りになった。船の中で一緒に飲んで、とても楽しかったです。ありがとうございました。

2009年3月12日

石垣島へやって来た3


八重山商工高校の前を通ると、甲子園出場記念の碑があった。卒業生の就職先をこんなに大きく祝福してくれるんだね。真打ちに昇進した時、着物を作ってくれたジャンボさんとはもう、20年来の友達。宮古島で偶然、海ぶどう屋の長崎さんに会ったお陰で、再会する事になった。息子さんの嫁さんが港の直ぐそばで“にぃーけーや”という居酒屋をやっている。琉球泡盛をこうして飲むのだ!と、昼から飲み始めた。ジャンボさんもトシとったね。でも元気でなによりだ。お孫さんも大きくて、幸せそうだった。大好きなゴルフも、石垣島にゴルフ場がなくなっちゃって出来ないんだって。“にぃーけーや”の電話番号もブログに載せろ!というので。0980−82−0505です。『金時の紹介』と言うとなんかサービスがあるかも…。

石垣島へやって来た。2


白保というところを目指してチャリを漕ぐ。途中、ちょっと浜に出てみた。引き潮の河の河口を渡る時松。石を投げつけてびしょびしょにしてやった。一昨日、チャリがパンクして大顰蹙だったが、今日はサンダルの鼻緒が切れた。本当にマヌケな奴だ。最近、奴は金八化しつつあるような気がする。時松、それは恥ずかしい事だぞ…。金八は今、故郷の根室に錦を汚しに帰っているそうだ。 浜にはカニがいっぱい。砂に刺したのはマングローブの種。今度来た時には木になってるかも。途中“スノーアイス”の看板を見て食べる。綿あめのかき氷みたいで美味しかった。おばちゃんは旦那と福岡から移住して来て、この店を始めたそうだ。

石垣島へやって来た


港の近くでチャリを借りて島内観光へ。市内は桃林寺と権現堂くらいしか見るものがなかった。公設市場に行くと、こんな豚の足が…。お土産にTシャツを買う。通りすがりに『こんにちは!』と挨拶してくれた保育園のみんな。元気で気持ちがよかった。

いよいよ落語会


ふじ丸のラウンジへ約二百人の皆様が集まって下さった。ネタは“鼠穴”でした。

2009年3月24日

明日から金時ブログは、しばらくお休みします。



オーウィル杯ゴルフコンペ


小口社長の会社のコンペはいつも大盛況だ。今回は権太楼、正朝、玉の輔各師匠と遊ばせて頂いた。私のスコアは47.44の91回!自己ベストだ!いいスコアが出そうな予感は去年からあったが、遂に結果が出た!もう百は打たない、という自信が出来た。80台もはっきり見えた!その上、48位の“幸せ賞”で大量のお土産までもらってしまった。本当にいいコンペだった。

2009年3月23日

日本書鏡院ほまれ会ゴルフコンペ


我が長谷川耕史先生に誘ってもらって、千葉のかずさカントリークラブで行われた書鏡院のコンペに初参加。風が強くて大変だった。その中、成田空港では飛行機が強風で、着陸に失敗した、という一報。滑走路が封鎖されているというから、今日からイタリアに行く予定で成田空港に向かった娘は大丈夫だろうか。ゴルフは風とぬかるんだフェアウエーにやられて、今ひとつだった。明日もゴルフ。明日こそ頑張ろう!

2009年3月20日

ライオンズクラブ活性化委員会


同じ委員の窪村さんが経営する、光が丘の“柚季瑞祥亭”で行われた。会議は真剣そのもので、二時間に及んだ。向委員長から素晴らしい提言の骨子が出され、中身の濃い会議が終了し、フグのフルコース。にこごり、刺身、空揚げ、鍋、雑炊と、大満足だった。メンバーは本当にいい人ばかり。結構楽しい。だが、下戸の人も多く、送ってもらうドライバーには事欠かない。飲むのは私と純子ちゃんを筆頭に、あと2〜3人。向委員長は『フグは当たると怖いから…。』と、ほとんど私にくれた。なんていい人なんだろう。メンバーが全員、フグ嫌いならもって嬉しい。ライオンズ年間アワードで私が金賞を受賞する事になった!凄いビックリ!!この活性化委員会の皆さんの後ろ盾があったおかげであって、個人でもらうのは、いささか心苦しい。ともかく、感謝したい。ありがとうございます。

墓参り


最近、お寺さんは逆風だそうだ。元は♪私の〜お墓の前で〜という歌。『いないなら墓参りなんかしなくてもいいじゃん。』という訳で、墓参りはおろか、墓さえ建てない人も増えているそうな。だから三回忌や七回忌はなおさらやらないんだって。お寺さんにとっては死活問題だ。でも私はやはり墓参りしないと気持ちが悪いからやってきた。森下の法樹院。先の住職はいい人だったそうだ。だが現住職は猫好きで掃除嫌いときている。お盆の頃、境内は凄まじい猫のし尿の臭いがする。態度も横柄だから、いつも庫裏は素通り。お布施なんぞ誰が出すもんか!少しは改心したかな、と思ったが、相変わらず本堂の裏や、参道は散らかり放題だった。続いて私の第二の父、仁木さんの奥様が眠る本誓寺へ。清澄庭園のすぐ隣。入っていきなりこの差だもんなぁ。いやになっちゃうなぁ。

2009年3月19日

訂正。金八師匠は東京で大活躍中です!人気、実力を兼ね備えた素晴らしい師匠です!心から尊敬してます。


金八、これでいい?

みつまさ寄席70回記念特別公演


有り難いもんだ。早10年、今回はオヤジに来てもらって、江東観音さんでやりました。父も大変、ご機嫌で、終演後、向かいの店で飲んで、お客様と写真を撮って、酒飲んで、蕎麦食べて、上機嫌で帰って行った。オヤジのジャケット、井脇ノブ子みたい!終演後、金八師匠がお見えになって、今後の落語界について意見を賜った。最近、師匠は腹話術の人形を作り、“パチコク堂”を名乗り、荒稼ぎをしているらしい。油断すると、どういう阿漕な銭儲けをするか知れたものではない。北海道新聞の道東版には『東京で活躍中の三遊亭金八師匠…』という、とんでもない捏造記事が載っていた。金八、純粋な故郷の方々を騙しちゃいけないよ…。師匠としみじみ意見を戦わせて、しばらく店を閉めていて、体調を心配された“たこ八”さんで飲んで、もつ焼きを食べて帰宅。酔った酔った。

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