朝の散歩
































































うちの父は坊さんになるはずだった。
昭和4年生まれ。
戦争の足音はひたひたと近づいていたのだろう。
おじいちゃんは「子供が戦争に取られないように…」と初めから『龍典』という坊さんでも通じる名前を付け小学校入るか入らないうちに、付き合いのあった群馬県の水沢観音に修行に出したのだ。
今でこそ『水沢うどん』で全国的に知られ名刹になったが、当時は山深い貧乏寺で一日にひとりかふたり参拝客が来ればいいほうで、来ない日がほとんどだったそうだ。
結局父は、坊主が性に合わずやめて噺家になった訳だがそんな縁で毎年2月3日には水沢観音に豆まきに伺っている。
ちなみに先の住職はほぼ同い年で、現住職はその倅さん。
親父があそこでの修行に耐えていたら今頃私が水沢観音の住職に納まっていたかもしれない。
(そんなばかな…)
だから親父は大変信心深くて、毎日神棚と仏壇の水を取り替え、必ず手を合わせて読経するのを日課にしている。
大病したのに生還したのはそのご利益かもね。
昔は必ずお彼岸には家族そろって先祖のお墓、それから先代金馬師匠、円歌師匠のお墓をお参りしてどこかで精進落しをする、というのが決まりだった。
上野のポン太のトンカツとか人形町の玉秀の親子丼とか浅草の小柳のうな丼とか。毎年楽しみにしていた。
先代金馬師匠のお墓は浅草菊屋橋の永見寺にあって、毎年お施餓鬼のときに落語会をやっている。
先代への供養にもなるしとても嬉しい気持ちになる。
この間も例によって歩きながら稽古していると、永見寺の前を通ったので墓参り。
そうすると、奥様が私の姿を見つけて「まあ、お茶を一服…」と言って、囲炉裏に茶釜が掛かっているお茶とおせんべいを振舞って下さった。
檀家さんには皆こうしているのだろう。
お庫裏のなかもとても片付いている。
私のもうひとりの父、と思い慕っている仁木さんの奥さんのお墓は清澄庭園のすぐそばにある本誓寺さんで、鬼平犯科帳にも登場する名刹だ。
ここの女将は浅草生まれのチャキチャキの江戸っ子で、歌舞伎役者、坂東三津五郎さんとは幼馴染。
今でも歌舞伎座で昼夜の空き時間があると本誓寺へきて休んで行くそうだ。
ここも墓地といい庫裏といい、いつも素晴らしくきれいに片付いていて、お茶、お茶菓子が出ていてお寺に見えた方はいつでもくつろげるようになっている。
菩提寺がしっかりしているのはうらやましい。
うちの菩提寺、森下の法樹院。先の住職は大変にいい人だったそうで祖父は大変懇意にしていた。
そんなわけでそこを墓にしたのだが・・・。
後を継いだ現住職、掃除なんかしたことないんじゃないか?
とにかく参道両側はごみだらけ、墓地も荒れ放題、本堂は薄暗いのだ。
この間、法要のときに出されたお茶碗は茶渋だらけで埃まで浮いていた。
気持ち悪いので手を付けられなかった。
その上畳は古くなったまま・・・。
なんとこの住職、大の猫好きなのだ!!
何匹飼ってるかわからないがともかく境内のいたるところに猫の糞があり、お盆に行くと庫裏はすさまじい猫の臭いがする。
私は猫は好きだが臭いは苦手だ。
以前行きつけだった飲み屋も猫臭いので行かなくなったこともある。
おまけに横柄な態度を見せるので行っても庫裏は素通り、線香はうちから持っていく。
お布施なんか包むもんか!どうせキャットフードになっちまうんだから。
うちの両親も憤慨していて「私たちが死んでもあの和尚は呼ばないでくれ」というが佛教界の掟でよそからは呼べないらしい。
「じゃあ、いっそのこと墓をほかに買って移しちゃえば?」と言ったが、生前墓を買うとすぐ誰かが入る羽目になることが多いからだめだという。
家族の不幸はいつくるか誰にもわからない。
もし万が一の事があったら来るぞ~!法樹院。猫の臭いを振りまいて!!!
なんとかきれい好きになって欲しい。
あ~お盆がユーウツ…。
昭和37年11月東京都新宿区生まれ。昭和61年、大学卒業と同時に父である四代目「三遊亭金馬」に入門。平成元年に二ツ目、平成10年には真打ちに昇進。平成12年にはNHK朝のテレビ小説“私の青空”にて春風和夫役で役者デビュー。平成16年文化庁芸術祭演芸部門新人賞、平成17年国立演芸場花形演芸大賞銀賞、平成18年国立演芸場花形演芸大賞金賞など受賞多数。
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