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世話役の一人、馬場さんの祖先は、長篠合戦で討ち死にした名将、馬場美 濃守信春の末裔だそうな…。


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馬場美濃守は自ら殿を勤め、討ち死にした名将中の名将だ。 世が世なら口もきけないよねぇ!


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私の写真まで掲載ありがとうございました。ついでに、「長篠の合戦」で、馬塲美濃守信春の生涯をとじる瞬間までの様子を伝えさせてください。「戦場の最右端の丘陵に、馬塲隊の旌旗が立った。馬塲隊は柵へ向かって突撃することの無謀さを知って、迂回して敵軍に斬り込む戦法を取ろうとしているようであった。その馬塲隊を大きく包囲せんとして、何千の新手の織田の大部隊が、丘陵の右手を大きく迂回していた。どこを見ても、徳川と織田の旗であった。信龍の陣営から帰った信春は、長篠の平原をふり返った。大の字の牙旗が、一団の騎馬武者に守られて、ぐんぐん小さく姿を消していくのが見えた。ついに勝頼は戦場から去ったのである。やがて、屍骸るいるいたる設楽高原に、法螺の音が響き渡り、連合軍の追撃を告げた。洪水のような連合軍は、長篠の北、猿橋辺から出沢にかけて、勝頼の退路を守る馬塲信春の、わずか百騎にも足りない軍勢へ殺到した。信春は勝頼が落ちのびたことを知ると、出沢の岡の上に馬を乗り上げ、「六孫王経基の嫡孫、摂津守頼光より四代の孫源三位頼政の後裔、馬塲美濃守信春なり」と名乗りをあげた。そして打ちかかってきた岡三郎左衛門という郎党の武者ぶりを賞して首を与え、63歳の生涯をとじた。

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