送別会の行われた赤坂のスペイン料理“岬んち” はとても美味でした!
ワインを飲め!! と言わんばかりのメニュー。 飲み過ぎ…。 隠れ家的で、いい店でした。 また個人的に行こう。
ワインを飲め!! と言わんばかりのメニュー。 飲み過ぎ…。 隠れ家的で、いい店でした。 また個人的に行こう。
高級官僚の野田さんに、私は『三枝師匠そっくり!』 などと、失礼の限りを尽くしてきた。 スゴいキレ者だ。 北海道は根室の出身だそうだが、金八とはエラい違いだ。 出身地で人を見てはいけない! と思った。 総領事様だから、当然、日本の航空会社で行くのかな…と思ったら、日本の航空会社は高いから、BAで行くそうな…。 なんか世知辛いね。 日英を繋ぐ重責、頑張ってください。 また帰国なさったら飲みましょう!
暑さでなんだかボーっとしてしまって、朝、権太楼師匠のお宅へ迎えに行く時、通り過ぎて、お迎えの時間に遅れてしまった。 何度も伺っているのにボンヤリしてるんだね…。 東北道方面の首都高、事故で大渋滞の一報。 権太楼師匠が『よし! 浦和まで一般道で行こう!』 と赤羽から浦和まで。 結果的には大正解だった。 鹿沼の皐月カントリーに着くと、首都高を利用してくる人達は皆さん、まだ着いていなかった。 とにかく激しい渋滞だったようだ。 余一ゴルフ会会長の伯楽師匠と、漫才の、のいる・こいるの、のいる師匠が体調不良で欠席。 芸人だけのコンペで大賑わいだった。 表彰式は栃木インター近くの蕎麦屋。 ここで今度はゴルフ場に携帯電話を忘れてきてしまった。 慌てて取りに帰った。 今日はボケの1日だった。 オマケにコンペ風景の写真まで撮り忘れた…。
今日のイチオシ、岩ガキ!! 味が濃くてバカうま!! 仁木さんと飲むと、話が尽きない。 ご馳走さまでした。
私は2打数1安打。 しかし逆転のチャンスで空振り三振。 スゴい罪悪感…。 ストレート狙いで、チェンジアップでヌかれた。 ヌくのは金八師匠の十八番だ。 それこそ毎日、朝晩必ずヌいているんだから。 これからヌかれた時の対処法を師匠に教えてもらう事にしよう。 勝とうが負けようが、酒は美味い! つまる処、この一杯をやりたいが為に野球をやっているようなもんだ。 来週も試合なんだ〜♪ バッティングセンター行って頑張ろう! 最後の三振、悔しい〜!
『とりあえず生ビール…。』 ではない! サッポロライオンのビールは本当に美味いのだ! チェーン店の生ビールなんか飲んではいけないよ! サッポロライオンの生ビールは、比べものになりません!。 ライオン会は、前菜から、これだもの…。 飲ませるよねぇ…!
自衛隊が頼もしく思えた。 頑張れ、自衛隊!!
なかなか手には入らないプラチナチケット、長野さんがくださった。 夏休み最後の土曜日で、しかも事故渋滞で、東名東京インターから御殿場まで3時間もかかってしまった。 私と子供二人と金八師匠。 とにかく戦車の大砲の轟音にビックリ! スゴい迫力だった。
前編の最後に出てきたマディラ島を出て、次の寄港地はテネリフェ島。かつてスペインの大航海時代に中継基地として大いに栄えた島だ。
下船すると、元山岳部の仙三さんは「山歩きのツアーに参加します」といって行ってしまった。そこで、囲碁教室の先生として乗り込んでいる小長井克八段と歩くことにした。小長井八段に囲碁界の裏話を聴いたりして凄く面白かった。
ある時、小長井八段が対局でコテンパンに勝っていたそうだ。夕飯休憩に天ぷらそばを頼んであったけど、相手はもうじき投了するだろうから、蕎麦はキャンセルして終わってからゆっくりビールを飲んで夕飯を食べようと、日本棋院の女性職員に「キャンセルしておいてください」と言った。
さあ、後半戦スタートの直前、別のおばさん職員が「小長井先生、天ぷらそば本当にキャンセルでいいんですか!!!」と大きな声で言ったのが対局相手に聞こえてしまった。向こうはかなりムカっとした顔をした。「こいつ、俺が直に投了すると思ってやがるな!」という目で睨んできた。さあ後半、向こうは意地でも投了しない。長引くは、お腹は空くは、散々だったそうだ。
テネリフェ島といえば世界遺産のラ・ラグーナの街並み。路面電車に乗って40分、スペインの香りがする古い街並み。お店もたくさんあって、軽井沢みたいな感じだった。
テネリフェを出ると、これからは一週間寄港なし。ずっと航海日、船内落語会の始まりだ。合計4回、ネタは柳田格之進、二番煎じ、らくだ、鼠穴の四席。お陰さまで大変に御好評を頂きました。
写真は開演前の楽屋の様子です。
エンターテイメントのほかにも、洞爺湖サミットで料理長だったホテルエドモントの中村勝宏シェフの料理の夕べは、本当に素晴らしいディナーでした。洞爺湖サミットでの苦労話も面白かった。とにかく全国各地から食材が頼みもしないのにワンサカ送られてくる。中には議員さんが「うちの選挙区の名産品を使ってくれ」と持ってくる。ひとつ使えば全部使わざるを得ないし、使うと「洞爺湖サミットで使われた何々…」と宣伝に使われてしまうし、結局全部断って送り返したそうだ。それが一番大変だったそうな。私がシェフに「落語も料理も一緒で、材料も時間も火加減も同じで作っても、こいつがやると美味しいが、こいつがやると全然不味い。料理もそうじゃありませんか?」というと深く頷いてらして、「全くその通り!だから料理は面白いんだよ。落語と同じだね!」と納得してらした。
一週間ぶりにバミューダ島に到着。陸地は有難い!と思った。バミューダ島はかつては魔の三角地帯なぞと言われて、船や飛行機が忽然と姿を消す、と言われていたこともあった。我々はそんなこともなく無事到着。しかし接岸できる港はなくて、沖に投錨した。
入港する時、デッキから見ていたけど、方々に消火栓のようなものが立っていて、岩礁を知らせている。かなりいっぱいあった。そんなものがない時代、船はかなり座礁して沈没したに違いない。魔の三角地帯もこれが原因かなと思ったりもした。バミューダ島は飛行機ならニューヨークから2時間。超高級別荘地だ。小さな島が点在し、そのひとつ、ひとつに船着場があって、白い建物が建っている。島ごと別荘なのだ。モーターボートで着けるんだろうね。

係船でバミューダ島へ。雰囲気はまるでディズニーランドだ。ハミルトン港から港の対岸にある、ピンク海岸に行って、島のシンボルの灯台に登ることにした。仙三と歩くこと3時間、ピンク海岸にやってきた。このピンク海岸、ピンク色の貝殻が細かく割れて砂状になっている。海岸全体がピンクに見えるのだ。その先の灯台に登り、湾を一望して帰る。



飛鳥のほかのお客さんの間で「歩いている金時さん」が評判になっていて、タクシーに乗っている人が「いくらなんでも金時さん、ここまでは歩いていないよね~」と話しているその脇を我々が歩いているのを見つけて「あ、いた!こんなところまで歩いてるよ!」とタクシーの中で大笑いしてたそうだ。でも、足が達者の間はやはり歩きたい。面白いことが結構ある。リスボンで着物姿で歩いていたら、車を運転している人が私に手を合わせる。なんでだろうと思っていたが、バミューダ島でもこのように合気道場や空手道場があって、そのせいらしいということがわかった。結構、日本文化も浸透しているようだ。
バミューダ島はかなり物価が高い。昼飯もビールもワインもかなり割高。やはり世界中の金持ちの別荘地だもんね。バミューダ島を出航して、最後の落語会。私はニューヨークで下船だが、先々旅を続ける皆様の無事を祈って、三本で締めた。ニューヨーク港に入港すると、一面の霧、盛んに汽笛を鳴らして入る。周りの船も汽笛を返す。やがて自由の女神が見えてきた。50番デッキに着岸。直ぐ隣に、今は博物館になっている空母があった。長旅の終わり、ちょっと寂しかった。ご乗船の皆様、20日間ありがとうございました。以上、報告終わり!
昭和37年11月東京都新宿区生まれ。昭和61年、大学卒業と同時に父である四代目「三遊亭金馬」に入門。平成元年に二ツ目、平成10年には真打ちに昇進。平成12年にはNHK朝のテレビ小説“私の青空”にて春風和夫役で役者デビュー。平成16年文化庁芸術祭演芸部門新人賞、平成17年国立演芸場花形演芸大賞銀賞、平成18年国立演芸場花形演芸大賞金賞など受賞多数。
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