企業経営ブログ
中小企業診断士・伊地知克哉によるコラム。これさえ読めば、企業が生き残るために今何が必要なのかがわかる!
【最新記事】経営コーチ入門 vol.4
[03/10]更新!
「じゃあ、おかみさんはトシさんの誘いを受けて、このお店で働くことになったの?」
「はい。ちょうどその頃、前のおかみさんが辞めることになっていたもので、トシさんが私に声をかけてくださったのです」
「今井屋で働こうとは考えなかったの?」
「いろいろありましたので、少し東京を離れたところで気分を一新したいという思いもありまして」
「なるほど。ところで、どうしておかみさんのいた店は、そんな外資ファンドに食い物にされたの?」
「それは、先生のほうがお詳しいと思います」
「そうだね。それは私からお話しましょう。私はおかみさんの働いていたお店の担当者だったのですが、焼き肉店の話はお店がオープンすることになってから知ったのです」
「えっ、それはおかしいじゃないか。担当者なら経営状況を毎月見ていたんでしょう?」
「はい。ですが焼き肉店は別会社を設立して始めたので、社長に『今度、オープンするから食べに来て』と言われるまで知らなかったんです。もっとも所長には事前に話をしていたようですが、所長はまともに話を聞かなかったようです」
「どうして?」
「別会社ですから、顧問料の問題とかあったんでしょう。でも、別会社はファンドやFC本部が主導で進めていたので所長も介入できなくて、それで『経営者の判断としてあなたがおやりになるのなら、私は何も関与しません』と下手に関りにならないようにしていたようです。それ自体は今思うと懸命な判断だったと思います。結果的に顧問先が一件減ったんですけどね」
「そうだったのか。でも、それなら別会社が倒産するのはわかるけど、元からあった会社まで倒産するなんて、どうしてなの?」
「それは私が事務所を辞めてからわかったんです。トシさんは私が勤めていた事務所のお客さんで所長が直接担当していたのですが、私はおかみさんの働いていたお店の担当者でしたから、トシさんともお店で何度か顔を合わせていました。そんなこともあって、私が事務所を辞めて一ヶ月くらいすると、トシさんのほうから会いたいと言ってきたのです」
「ああ、地頭さん(トシさんの苗字)ですか」
「独立したんだって?」
「はい」
「それも所長に楯ついたって話じゃないか(笑)」
「いえいえ、ちゃんと円満退職しましたよ」
「まあ、いいや。それより、独立して何かと大変なんだろう?」
「はい、先に独立した先輩のサポートをしながら、何とかやっています」
「なら、おれが顧問先第一号になるのかな?」
「えっ! だって、地頭さんは所長とプライベートでもお付き合いがあるんですよね。それはいくらなんでもダメですよ。それこそ、楯つくどころのことじゃ済まないですから(笑)」
「いや、いいんだよ。所長も了解済みだ」
「えっ、所長が?」
「そうだよ。心配してたぞ。オヤジさんに息子を頼むと言われて預かってたのに顔向けができないって。だから、顧問先第一号になってくれって」
「…」
「でも、おれも、そんなにお人好しじゃないよ(笑)」
「ええ、それが普通だと思います」
「だから、課題をクリアすれば顧問先になってもいいよ」
「えっ、課題? 課題って何ですか?」
「川崎の件、知ってるか?」
「川崎…、ああ、確か自宅は銀行が抵当権行使をチラつかせて転売して借入返済に充てられたとか」
「それだけじゃない。会社の経営権も失って取締役も解任、店は居酒屋チェーンXに売却されるそうだ」
「そうなんですか? 急な話ですね」
「そうだろう」
「あれ、地頭さん、何か知っているんですか?」
「だいたいの経緯は知っている」
「どういうことだったんですか?」
「これが課題だ」
「意味がわかりませんが…」
「そこで問題だ。どうして川崎は経営権まで失うことになったのか?」
「えっ、そんなこと言われても…、要するに焼き肉店の失敗で多額の借金を負ってしまったから…」
「そんなことは誰にでもわかることだろう。もう少し具体的に言えよ」
「具体的に、ですか。そんなこと言われても、焼き肉店の話は聞いていなかったですし…」
「想像力がない男だな、君は。いいかい、君は川崎の店の経営状態を知っていたんだろう」
「はい、利益は出ていましたが、資金繰りは少し苦しかったです」
「では、どうしてそんな経営者が新会社を作ることができたんだ」
「それは、何とかファンドっていうのが、出資をしたからではありませんか」
「誰に?」
「誰に…。川崎さんが作った会社に…、ですか?」
「ファンドがそんなにお人好しだと思うか?」
「そうか、出資することで必ず儲かるという思惑があった」
「どうやって儲かるんだ。実際、一年ちょっとで店は潰れたんだぞ」
「でも、川崎さんの会社の経営権、つまり株式を取得できた」
「だから?」
「だから、焼き肉店の失敗で、川崎さんは多額の資金が必要になった」
「どうして?」
「おそらくFC本部への違約金の支払いで川崎さんの個人的な財産や会社の資産に仮差押えがかかるような事態になって、銀行から『期限の利益喪失条項に該当した。自宅を売り払ってでも借金を返済しろ』とか何とか言われたんでしょう」
「いい流れだ(笑)」
「頭が真っ白になった川崎さんに銀行が『いい買主をご紹介しましょうか』と助け舟を出す。もちろん、泥船なんですけど(笑)」
「泥船か、うまい表現だな(笑)。それから」
「一方ファンドは、川崎さん個人へ融資をしていた。その担保として川崎さんの持株に対して質権を行使して経営権を握る。川崎さんを解任して、借金がなくなってきれいな会社の株式をXに売り飛ばして融資を回収するとともに、株式の譲渡益も得たのではありませんか。Xの上場前株主にはあのファンドも出資していましたから」
「まあ、そんなところだろう。知らないふりして、よく調べているじゃないか(笑)」
「いえ、Xに売り渡したという話を聞いてピンときたんです。焼き肉チェーンの大株主は、名前こそ違いますが、ファンドの代表者は同じ名前だったみたいですから」
「ほう、そこまで繋がっていたのか(笑)」
「よく言いますよ、知ってたくせに(笑)」
「合格だ。私を耕地先生の顧問先第一号にしてもらえませんかね(笑)」
「はい、よろこんで。あれ、どっかの居酒屋みたいですね(笑)」
「あら、そういうからくりだったんですの? ひどいお話ね」
「そうですね」
「何でそんな手の込んだことをしたのかな」
「それについては、トシさんがこんなことを言っていましたね」
「ところで先生、この一連の出来事をどう思う?」
「どう思うって、いくら法律に違反していないといっても、あんまりだと思いますね」
「あんまりね…。『あんまり』じゃ、それこそお話にならないな」
「だって、」
「いいかい。合法的な出来事に振り回されて理不尽な思いを強いられるのは、何も今に始まったことではないんだ」
「どういうことですか?」
「うちの家系は江戸時代から大地主だったそうだ。分家もあって代々農業をやってきた。江戸時代の税金と言えば年貢だ。しかし、収穫は毎年の気候に左右される。それで分家筋と協力して農業以外の仕事にも少しずつ取り組んでいった。しかし、戦後の農地解放で多くの農地を失ったが、分家筋と協力し合いながら何とかやってきた。おれがいろんな仕事をしているのも、子供の頃から親戚のおじさんたちに山や川に連れて行ってもらっていたからだ」
「そうだったんですか。あっ、そういえば、農地解放も合法的な財産権の剥奪ですね」
「そうだよ。株式や自宅を合法的に奪われたと川崎が思うことは自由だ。でも、そんなことは形を変えた農地解放と大して変わらないと思わないかい。少なくともおれから言わせればだけどな。もっと言えば、川崎は強制的に失ったのではない。自分の意思で失ったんだ。だが、おれらの農地は自分の意思じゃなく強制的だった。もっとも、輸入牛肉禁止は、国の強制的な政策だったのは不運だった。でも、全く牛肉が仕入れられなくなったわけではなかった。その証拠に、今井屋は安定した経営を続けている。この違いは何だ?」
「…」
「センセ、お前さん、オヤジに『顧問先を助けることができないような税理士にはなりたくはない』って啖呵切ったそうじゃないか(笑)」
「ええ」
「もし、川崎がセンセの顧問先だったとして、助けることができたと思うかい?」
「どうですかね…、所長と同じように焼き肉店なんかやめたほうがいいとは言ったかもしれませんが説得し切れたかどうか…」
「そうだろう。そうなんだよ、説得する必要はないんだよ」
「?」
「経営者が自ら出した答えに、お前さんが判断したり、批判したり、評価したり、まして賛否を唱えたりする必要はないんだよ」
「どういうことですか?」
「答えは経営者が出さないといけないということだ」
「では、私はどうすれば…」
「経営者が答えを出すのをサポートすればいいんだ」
「経営者が答えを出すのをサポートする?」
「お前さん、コーチングって言葉聞いたことあるかい?」
「いいえ」
「何だ、勉強不足だな。顧問契約の話は撤回しようかな」
「すみません。勉強しますから…」
「なら、財務分析は当然できるよな」
「えっ、財務分析ですか。まあ、それなりには」
「バカヤロウ。お前さんは会計のプロなんだろう。だったら経営者に数字で言い負かされちゃダメだよ。そこはキチンと説明できないとダメだぞ。経営計画に数字はつきものだろう」
「そうですね」
「じゃあ、この貸借対照表を見て、コメントせよ」
|
比較貸借対照表
当期:平成11年3月31日現在
(単位:円)
|
| 資産の部 |
負債の部 |
| 科目 |
当期 |
前期 |
科目 |
当期 |
前期 |
| 現金預金 |
11,000,000 |
14,000,000 |
買掛金 |
2,000,000 |
2,000,000 |
| 売上債権 |
21,000,000 |
20,000,000 |
未払金 |
4,000,000
|
4,000,000 |
| その他流動資産 |
5,000,000 |
5,000,000 |
未払費用 |
70,000,000 |
0 |
| 建物 |
60,000,000 |
0 |
未払税金 |
200,000 |
0 |
| 建物付属設備 |
1,000,000 |
200,000 |
預り金 |
8,000,000 |
8,000,000 |
| 車両運搬具 |
4,000,000 |
4,500,000 |
長期借入金 |
54,300,000 |
58,500,000 |
| 工具器具備品 |
5,000,000 |
4,000,000 |
資本の部 |
| 土地 |
90,000,000 |
0 |
資本金 |
60,000,000 |
10,000,000 |
| 電話加入権 |
3,000,000 |
300,000 |
剰余金 |
1,500,000 |
500,000 |
| 保証金 |
0 |
35,000,000 |
(当期利益) |
1,000,000 |
500,000 |
| 資産合計 |
200,000,000 |
83,000,000 |
負債資本合計 |
200,000,000 |
83,000,000 |
「え~、何ですか。これも試験ですか?」
「そうだよ。お前さんには、いたって簡単な問題だろう(笑)。当座比率が悪化しているとか、債務償還可能年数がとんでもないとか、そういうくだらないことは言うなよ」
「うっ、そんな公式まんまのことは言いませんよ。要するに1年間でこの会社が何をしようとしたのか、経営者の意思決定の内容を推察せよってことなんでしょう」
「わかってきたね。じゃあ、どうぞ」
「この会社は、ITベンチャーですね」
「やっぱり、そう見るかい」
「えっ、違うんですか?」
「中らずと雖も遠からず」
「…。そっか。わかりました」
「わかったかい」